代表プロフィール
東京ボールルームダンスクラブ代表 佐々木亮一
北海道出身。
日本大学競技ダンス部を卒業後、10年間のダンス教室勤務を経て、2014年独立しフリーで活動。
18年間に及ぶダンス教授経験を通してR式ラテンダンス練習法を確立する。
JDCプロラテンA級。ボールルームB級。
JDCイーストジャパンチャンピオン(ラテンアメリカン部門)。
JDCジャパンオープンファイナリスト。
ダンスに出会う前のダメな自分
私が社交ダンスに出会ったのは大学生のときです。
高校生の頃、周防正行監督の映画『Shall we ダンス?』が大ヒットし、テレビではウッチャンナンチャンの番組で生まれた『ウリナリ社交ダンス部』が人気コーナーになっていました。大学に入る前、私はその番組が大好きでよく見ていました。
まさか、近い将来、自分が社交ダンスをやるとはその時は夢にも思っていませんでしたが…
大学に入るまでの私は、何をやっても中途半端な人間でした。
勉強も運動もあまり得意ではありませんでした。
身体がガリガリで足も遅く、小学校から高校までバスケ部に入っていましたが、常に補欠でした。
大学には入れましたが、2年も浪人してしまい、しかも希望の大学ではありませんでした。
何をやってもダメな自分が本当に嫌でした。
大学に入ったら、何か一つ形になるものを残したいと思い、公認会計士を目指すことにしました。 合格して自分のコンプレックスを克服したいと思ったからです。
しかし、公認会計士は司法試験並に難しい資格です。本気で向き合わなければ在学中に合格は難しいと思ったので、サークルなどには入らずに勉強に専念していました。
社交ダンスとの出会い
そんな日々の中で、人生を大きく変える友達との出会いがありました。
それは、大学の授業中でした。
その授業ではグループでレポートを作る課題が出されたのですが、私は勉強も運動も苦手な上に人見知りです(三重苦です笑)。サークルにも入っていなかったので、友達もいませんでした。
嫌な課題が出たなぁと思っていたら、隣に座っていた人に、一緒にやらないかと声をかけられました。私は願ったり叶ったりと、彼と組むことにしました。
その出会いが私の運命を変えたのです!
彼と色々話をしてみると、彼は競技ダンス部に入っているということでした。そして、今男性部員が足りないから、やってみないかと誘われたのです。
以前からテレビで見ていて面白そうだと思っていたので二つ返事でまずは見学に行くことにしました。
見学に行ってみると、早速先輩がダンスステップを教えてくれました。
私は社交ダンスに限らずダンスというものをやったことがなかったので、全くコツがつかめず、振付も全然覚えられませんでした。
覚えられないし、踊れない、でも、もう少しやればできそうな気がする。
そんな感覚がとても楽しかったことを覚えています。
今振り返ると、それまで何をやってもダメだった自分が、「もしかしたらこれなら!」と初めて思えたのが社交ダンスだったような気がします。何か自分の感性に響くものがあったのかもしれません。
そして、その日のうちに完全に社交ダンスに魅了されていました。
その日からダンス部の練習に行くのが楽しみでしょうがないというような気持ちになっていたのです。
そのうち、部活のある週2日の練習では物足りなくなり、部活のない日は、夜になると、自分の狭い部屋で窓ガラスを鏡がわりにして、ただひたすら踊っていました。
勉強ダメ、運動ダメ、人見知りの三重苦でコンプレックスの塊みたいになっていた私にとって、社交ダンスは自分のアイデンティティを育んでくれるものだったのだと思います。
ちょっとカッコつけて言えば、人生の生きる意味というか自分の存在意義みたいなものを感じることができたんだと思います。
心から好きだ!面白い!と思えるものに出会えたことが、眠っていた脳みそや身体機能を目覚めさせたとも言えるかもしれません。
それまでの人生には無い感覚でした!
大学卒業後はプロの道へ
社交ダンスにハマればハマるほど、当然ながら公認会計士の勉強はおろそかになっていき、気付けば、当初の目標であった公認会計士ではなく、プロの競技ダンス選手となり社交ダンスを教えることが生業となりました。
学生の頃はさほど成績を出していたわけではない私ですが、デビュー間もない頃、若手主体の競技会ではなぜか自分でも驚くほどの成績を出すことが出来ました。
ただ、自分では喜びよりもなぜ勝つことが出来るのだろうかという疑問の気持ちの方が強かったのを覚えています。
なぜなら、当時は競技ダンスというものをよく理解していなかったので、自分のダンスに裏付けを感じなかったからです。
何が評価されているのかわからないから、何を練習したらいいのかよくわからないまま、ただひたすら見よう見まねで感覚的に踊っていることに不安感だけが募っていきました。
また、競技ダンスでは審査基準がはっきりしていないので、カップル間でも意見の食い違いが出てきてしまい、うまくいかなくなるということも起こります。
私もこのジレンマにとても悩み、いつの間にか、このジレンマを解消することが私のダンス人生の最大のテーマになりました。
ダンス哲学の追求へ
日々、色々な先生方に話を聞いたりダンスレッスンを受けたり、ダンス教本を読み込んだりして模索しましたが、人によってもダンスの良し悪しの価値基準が違うので、深く突き詰めれば突き詰めるほど、なおさらわからなくってしまう日々でした。
そこから私はダンスに限らず、スポーツ科学、運動力学から芸術、哲学、宗教、物理、政治、経済に至るまで、一見ダンスに関係のないものまであらゆる本を読みあさり、答えを探しました。
その中で、私はダンスに対する向き合い方に一つの答えを導き出しました。
それはダンスには絶対的な正解はないということです。
つまり、ダンスにおける正解は時代や文化的背景によって変わり得るということです。
正解がないからこそ、創造的に進化し続けることができるのだとも言えるでしょう。
また、上記と相反することを言うようですが、「ダンスには絶対的な正解がない」のと同時に、ダンスには時代や文化を超えた普遍的な原理原則が存在することもわかってきました。欧米人はこの原理原則を日々の生活の中で自然に捉えていくのでしょうが、日本人にとってそれは簡単なことではありません。
そういうことがわかってきて、試行錯誤を積み重ねた結果、最終的には関東の試合で優勝等の成績を収めるくらいの選手になることができました。
もちろん、私よりも成績が上の選手、有名な選手は数えきれないほどいますが、ここまで理屈っぽく哲学的にダンスを追求してきたダンサーは他にはいないのではないかと自負しています。
R式ラテンダンス練習法の確立
そして、選手生活から離れ少し時間ができた時、ダンス上達に悩む方たちに、自分が苦労して得てきたことを、最短で効率よく伝えるための理論およびメソッドの確立に取り組むことになります。
今回確立したR式ラテンダンス練習法は、20年以上もの間人生のすべてをダンスに捧げてきた、私のダンス人生の集大成なのです。
私のこれからのダンス人生は、ただ楽しければいいとか、ぱっと見カッコ良ければいいとかではなく、本質を追求しようとするやる気あるダンサーたちに伝えていくことに、情熱を注いでいきたいと思っています。