こんばんは!LGBT-JAPAN代表の田附 亮です。
今回は、私が時々お手伝いさせて頂いております、白金にある鉄板焼き屋さんをご紹介させて頂きます。
こちらでは現在、FTM(女性で生まれたが性自認は男性)に限らず、飲食業への熱い想いの方を募集しております!職場に困っているLGBTの方、飲食業をがっつり学びたい方にはLGBTフレンドリー(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスセクシャルと言ったセクシャルマイノリティの人々に対して友好的なと言う意味)なお店でございます。
とその前に、私の現在に至るまでと、20代前半のFTM田附 亮について少しお話しさせて頂きます。
私は、この活動の傍ら、白金高輪にある鉄板焼き屋で月に何回か働かせて頂いております。そこでは、男性でもなく女性でもなく《FTM》として働いております。
なぜなら、私はFTMだからです。
そもそも其方で働かせて頂くのは私が鉄板焼きの修行をしに都内を放浪の旅にでていた事から出会いは始まります。
今も昔も変わらず、この今もLGBTが日本国内で当たり前に存在する個性になれる様に活動するのを人生においてのメインプロジェクトにしながらも、鉄板焼きのお店を出したい気持ちはずっと念頭にございます。
かれこれ私も19歳の頃から料理の世界に入って11年。鉄板焼きの経験がこの年数と同じでございます。
19歳で入った頃は、何も考えておらず、当時の私は自殺するために渡米しようと考えておりました。その時の渡米資金を貯めるべく、アルバイトで入ったのが広島鉄板焼きの居酒屋さんだったのがそもそもの始まりです。
そこのスタッフや師匠との出会いによって死ぬために行くはずだったアメリカのグランドキャニオンも、おかげで人生の価値観を変える旅にその目的は変わる事が出来ました。
手に職をつけなさいと、鉄板焼きや料理を叩きこまれ、当時はFTM(性同一性障害の女性で生まれたが性自認が男性の人の事)で生きている事よりも、師匠に料理を通じてちんちくりんだった私の人間性を叩き直された時の方が辛く苦しい時期だったかもしれません・・・。
嫌で嫌でしょうがなく、毎日叱られ、放っておいて貰えず、毎日反省会を開催してもらい、何をしても何か言われるその日々が当時は苦痛でしかなかったのですが、今思うと非常に幸せな事をして頂いていたと思えます。
そんな毎日でしたので、自分が性同一性障害だという事、自殺しようと考えていた事などすっかり忘れて、人間として生きて行く事に専念しておりました(当時の感覚では専念しないと往復ビンタが待っていたので、せざるを得なかった・・)ので、気づいた頃には生きる事に必死になっておりました。
やや荒治療だったのかもしれませんが、当時のあんぽんたんな私にはちょうど良かった、否、そうでないと通じなかったと思います。
意味も分から無いまま納得したフリをし溜めに溜め込んだ挙句、冷静に物事を聞き返す力量も無いまま逆ギレをしたり、人の気持ちを踏みにじっている事にも気づかず好き勝手な事を言い、自分がFTMである事を反対に偉そうに話すようになり、自分がいないと店がうまく回らないと勘違いをし始め・・・挙げたらキリがないくらい調子に乗っていたあの時期に、日本語も通じない(海外の人と言う表面的な意味ではありません。会話にならないと言う意味です。)そんな若造を荒治療以外では方法がなかったのだと今の自分自身だから理解できます。
目標は死ぬ事 → 生きてお店を持つ事
そんな日々の中、私は気づいた頃には死ぬ為に入ったその目標は、生きて自分のお店を持ち同じ様に自分の性別に悩む人の憩いの場を創る事にシフトチェンジしていました。
働きながら気づかせて貰えた事は、『自分だけが不幸のど真ん中にいるのは大間違い』と言うことでした。
と同時に、『自分の性別は個性である』と思わせて貰えた事です。
今では、人間はそもそも自由であると言うやや哲学的な考えに至っておりまして、話すと長くなるばかりかやや内容の系統から外れてしまので今回は割愛させて頂きます。
元来、何かにハマるととことん追求したくなる性分から、約8年師匠のところで学んだ後、他のお店でも学んでみたい、師匠の所やメンバーの中から出て一人の田附 亮になった時に、社会で自分をどう説明出来るのか、どうアピールしていくのか試してみたくなりました。
結局は気の知れた仲間の中で居心地の良い空間から飛び出せない自分に気づいたのもあったのかも知れません。
周りに助けてもらっている事に当時具体的には気づいてなかったとは思いますが、自分を試してみたかったのだと思います。
そして私は師匠の所を後にし、放浪の旅に出ました。
その後は、案の定社会の厳しさ、いかに当時のメンバーに助けられていたか、いかに自分がGID(性同一性障害)と言う事を理解してもらう為に周りがフォローしてくれていたか、一人の足で立っておらず立たせてもらっていて、その立っているつもりになっていたその場所は、用意してもらっていた良い湯加減のお風呂の中だった事に気づき、自己アピールする事すら助けてもらっていた事を痛感するわけですが、当時のお話は別の機会に話させて頂きたいと思います。
港区のLGBTにとって居心地の良いお店
そんな中、今の活動に至ったのにも時間と意識の変化がございますが、現在活動の方がありましてあまり入れておりませんが、港区白金にあるお店で月に数回働かせて頂いております。
そのお店は『鉄板劇場まぐれ』と言うお店です。国産の牛・豚を使用し、豚さんも人の体温で脂身が溶けてしまう豚さんです。私は肉の脂身が苦手だったのですが、こちらの豚さんと出会ってから胃もたれもしなければ、ゴリっと不快な歯ごたえもなく、甘く美味しく全部食べる事が出来たのに感動したのを覚えております。
こちらでは社長を筆頭に私がGIDのFTM(性同一性障害の女性で生まれたが性自認が男性)である事を話しておりますが、全く気せず反対に色々質問してくれて蔑ろにはされず、そして良い意味で全く気にされてません。
お客様も気さくな方が多く、会話の流れからカミングアウトの機会があると話してはいるのですが、皆さま全力で応援してくださっております。
そして、スタッフの方々は皆、私の活動を応援してくださり非常にアットホームなお店です。新宿や渋谷などにはLGBTフレンドリー(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスセクシャルと言ったセクシャルマイノリティの人々に対して友好的なと言う意味)のお店は沢山存在しておりますが、港区の白金近辺で敢えてLGBTフレンドリーとうたっているお店は今所私は確認が取れておりません。
もしも、港区白金付近でお探しの方がいらっしゃいましたら、是非お立ち寄りくださいませ!!美味しいお肉を食べながら自分の性別や会話内容を気にすることなく、お過ごしください。
スタッフは、左が店長の佐藤店長。隣が、ベテランのさおりさんです。
そして新しく入った期待の社員ルーキー、そうちゃん
因みに佐藤店長が、飲食業をがっつり学びたい方がいらしゃいましたら、LGBT問わずお待ちしております。との事です。
入り口はこのようになっております。
港区のLGBTの方々!お待ちしております。ゆっくりされて行ってくださいませ。
直接お店に問い合わせるもよし、私に問い合わせるもよしでございます!お気軽に連絡、またはフラッと遊びに来てみて下さいね(^ ^)
本日はここまで。現在の私のきっかけのさわりの部分と、出没エリアのご紹介でした!