性自認とはなにか

みなさんこんばんは。ライフ部門のあいです。
今日は他のメンバーのブログでもしばしば登場する“性自認”について考えてみたいと思います。

そもそも性自認とはなにか。
身体が生物的に男性または女性であることとは別に、自分自身がどちらの性別であると考えているかを指します。

身体が男性なら性自認も男性、身体が女性ならば性自認は女性、という方の方が多いですね。
それがズレてしまっている状態が性同一性障害です。

ここで気をつけていただきたいことがひとつあります。それは、このズレは治すといった類のものではないということです。
性同一性障害当事者がカミングアウトをした時の、周囲の反応としてしばしば聞かれるの『どうやって治療するの』ということです。
ここでいう“治療”とは性自認を身体に合わせることです。

確かに身体の性別を変えるよりも、周囲から見たら簡単に思えることでしょう。
多くの人は、実体験として長い時間をかければ性格や、嗜好が変わることを経験しているからです。

一見すると、性自認も性格や嗜好のように思える気持ちもわからなくはありません。

ですが、所謂“普通の男性”がいきなり『あ、きみ今日から女として生きて』と言われて『はい、わかりました』と言えるでしょうか。簡単には出来ないと思います(逆もまた然り)

それと同じことなのです。

性自認が揺らぐ?

では、この性自認。生まれてから死ぬまでずっと揺らぐことはないのでしょうか。
私はそんなことはないと考えています。あ、さっきと言っていることが違うと思いましたか?

先程の話のように、周りが強要して性自認を変えるのと、自身の中で揺れ動くのは別物です。

医学、あるいは科学的なことは専門外なので実体験と周りの人たちを見ての考えになりますが、性自認は揺れ動く時期があると思います。

例えば、心と身体の性別が一致している人でも思春期など多感な時期に異性になりたいと考えたことがある人もいるでしょう。
異性装(男装や女装をする人。クロスドレッサーなどとも)が趣味だから、もしかしたら自分は性同一性障害かも…同性を好きになるから…趣味が異性の好むものばかりだから…そんなことから揺れてしまう人にも出会ってきました。

そして、性同一性障害の方の中にも性自認が揺れる方はいらっしゃると思います。

文章が分かりづらくなるので、ここはMtF(身体は男性心は女性)目線で書かさせていただきます。
いつ自分の性自認が身体と一致していないと気付くかは、個人差がありますが、いくら性自認が女性でも周囲からみたら男性。
男性社会にいることが多い以上、男性的な趣味を持つこともあると思います。意識的にそれを避けても、直感的な嗜好は変わりません。

また、性同一性障害かつ同性愛の方だと悩みはより深刻になり得るでしょう。

他にも様々な要因から性自認の揺れは起こり得ると思います。
ですが、それをあまり悩みすぎることはないのではないでしょうか。

自分らしさと性自認

身体の性別は確かに男女のふたつです。

社会的にもまだ、性別は男女の二種類である、と考える人の方が多いことも事実です。
ですが、男らしい女も女らしい男を世の中にはたくさんいませんか?

そして、そういった“らしさ”を個性として考え認める人も増えています。

そう、性自認と男らしさ、女らしさは全くの別物だと考えても良いと思うのです。
MtFだけど女として、男らしく生きたいと思うのはその人の個性です。
MtFだけど女として女性を愛することもそう。

もっと言えば性自認がなくても良いとさえ思います。身体と違い心は十人十色です。一人として自分と同じ心を持つ人はいません。

性自認がなくても、社会的にどちらが生きやすいかを考えてみると気付くことがあるかもしれません。

男の身体でいたいけど、男として男らしさを求められるの嫌。けど、女になりたいわけでもない。

男でいたくない、と女でありたいは決してイコールでないと思います。

食べ物の好みだって、好きでも嫌いでもないがありますし(ちょっと違いますか?笑)

だから、どうか性格や趣味嗜好と性自認を同位置に置いて悩まないでください。

無理に性自認を定める必要もないと思います。

自分らしく、自分の望む性で生きることを考えてみると少し世界が広がると思いますよ。