こんにちは!!LGBT-JAPAN代表の田附 亮です。

文科省が4月にLGBTの子供達に配慮をするよう全国の国公私立の小中高に通知をだしました。

こちらの記事をご覧ください。

上記の記事によりますと、2013年の調査で少なくとも全国に606人は身体的な性別に違和感を感じ学校側に相談した児童がいるという結果になりました。

しかしこれは氷山の一角に過ぎません。

私自身が(現在30歳)小学生・中学生だった頃に、相談員なる方が週に2回くらい学校にきてました。

しかし私はそのドアをノックして相談員の先生に相談する事なく卒業しました。

なぜなら、自分は女の子が好きです。けどレズビアンとは何か違います。自分は何なんでしょう。という質問しか思い浮かばず、それで苦しんでいたのですがこんなことは相談できない。分かりっこない。気持ち悪いとか、治そうねとか言われるはずだと1つも学校側に期待をしていませんでした。

なぜなら、当時の先生達の会話のふしぶしからLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスセクシャル)に対して、嫌悪感や笑いのネタにするような言い回しを感じていたからです。

それが全員が全員そうだったかと言うとそうではありません。そうではなかったはずです。

しかし、子供です。先生はみんな先生で、1人の先生が言った心無い言葉は、イコール先生みんながそう思っているのかも・・・と思わせるには十分な威力があります。

だって、小学生・中学生の世界・社会は学校が全てなのだから。

中学生の時に言われた一言

私が中学2年生の時、表上は悩みのない活発な女子だった私は先生たちとも仲よく過ごしていました。

実は、女の子と付き合っていた私は親や地域の目に触れないようにコソコソとその女の子と過ごしてました。周りからはいつも一緒にいるやたら仲の良い2人のポジションで過ごしていたのです。

周りの友達からも2人はカップルみたいだね〜とか嫌味なく褒め言葉に近いニュアンスで言われてましたが、その度にビクーッ!!!となっていたのを覚えてます。

私は男性としてその子を好きでしたが、そんなことは自分自身も自分が性同一性障害だという事を知らずにいたので、なんなんだ自分は・・・治るのかこれは・・・このままだったらどうしよう・・・同性愛者なのかな・・・なんか違う・・・レズビアンは女の人でしょ、自分は女の人じゃないと思う・・・けど生理きたし・・・もう嫌だ。と毎日泣きそうになって不安で不安で仕方ない状態でした。

当時の私はGID(性同一性障害)のFTM(女性として生まれたが性自認が男性)なんて言葉や存在は知る術はなく、この世には男・女・レズビアン・ゲイの4種類!!と単細胞な脳で判断してました。

しかし学校ではワイワイギャーギャー過ごして元気なふりをしてました。

いつもいつも、先生にも友人にも悩みはあってもすぐ解決しそうだと思われてましたから、まさか性についてで、すぐに解決できない悩みだとはと思ってもみなかったでしょう。

そんなある日、職員室に呼び出されました。

担任の教育熱心な生徒からはお父さん的存在の先生です。私は心を開いておりました。喜怒哀楽をぶつけれる先生でした。

その先生から呼び出しです。

内心、やべ〜給食隣のクラスでは足りないから職員室まで行ってる事いい加減に怒られるのかな。いや、こないだ公民館で喧した事かも!!こえ〜なんでバレたんだろ・・・

と悠長にテクテク向かっておりました。

しかし、先生から言われた言葉は全く異なるものでした。

田附・・・お前、まさか女の子と付き合ってはないよな?噂で聞いたんだけど違うよな?

でした。

私は完全に無防備でしたので激しく動揺しましたが、間一髪持ちこたえました。

先生何言ってんのー!!笑 そんなわけないじゃん。だって彼氏いるんだよ?

とごまかしました。

そうだよな、そうだよな・・・いや、お前が◯◯と仲良く歩いている姿をよく見かけるし、噂にもなってるしさ。先生も、お前たちが仲良いのはいい事と思うんだが、友達を超えてるんじゃないかと思ってさ・・・。まさか田附に限ってそれはないよな!

もう全ての言葉が心に突き刺さり、先生が言葉を発すれば発するほど、今後、金輪際、いよいよ、他人には言えない事だ。言わない。言えない。自分がまちがっている事なんだ。

と思い、先生の言葉を聞くたびに、辛くて辛くて死にたくなりました。

何が辛いって、他人に嘘をつかないといけない事。一生嘘をつき続けないといけないこと。
周りの友人は好きな人と嬉しいことや楽しい事があった時に友達に聞いて貰えるのに、自分は喜びを分かちあってもらえる事が出来ないこと。そして本当の悩みを言えない事。

当時、一番聞いて欲しい悩みは誰にも言えないことが決定した瞬間でした。

死刑宣告のような感覚です。

当時、私には彼氏がいました。一緒にも帰らない、遊ばない、よっ!と挨拶するだけの彼氏です。

何かにつけて用事を思い出し、お誘いを断るという最低な事をしてました。

なぜか。

それは、彼女がいる事。女の子が好きな事を隠し通すためです。

彼はとてもいい人でした。友人として大好きでした。彼のような男になりたいと思ってました。

ですので完全に恋愛対象ではなく、憧れでした。そんな彼と付き合うとなった時に正直な気持ち、これで女の子が好きだとバレない!!よっしゃー!!となりました。

今思うと最低です。

そんな彼とはその後大人になってから再会し、男性化した私と幼馴染のゲイの友人で両端に座り、お酒を飲み、心から謝りましたが気のいい彼は、私が男性になったのを風の噂で聞いた時に中学生だった時の自分を思い出し、全てのつじつまがあってスッキリしたと笑ってくれてました。

なんていい奴なんだ・・・。そんな彼も結婚して子供もいます。御幸せに!!

話しは戻りますが、先生に悪気なく言われた「まさか女の子が好きなんじゃないよな?田附に限ってそんな事はないよな!」の言葉が耳から離れず、ショック状態でした。

なにかあったら相談員の人に相談しなさいと学校側から紹介された先生の居場所は、人気のある廊下沿いの一室です。

その部屋にノックして入ったら、僕、悩みあります!!と言っているようなものです。

誰が言えるか!!と思いながらも、気にはなってましたが、人気がなくなる事はなく、ノックできずに終わりました。

なによりかにより、みんなわかってくれるはずがないと思い込んでしまっていたのです。

これが今から15年以上前の東京都下の学校での出来事です。

具体的なLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスセクシャル)の子供への配慮。そして先生方の協力。

配慮を配慮をと言われても・・・となってしまいます。

制服の申請や、体育での着替え、トイレにはどっちに入るのかなど、確かにとっても大切な事。

しかし、どんなに学校の設備や体制がLGBTの子供達に配慮をしてくれていても、先生方の何気ない一言で当事者の子供たちは敏感に反応します。

理解しているつもり、分かっているふりは通用しません。

彼らLGBTは、人一倍敏感な感性を持っています。

なぜなら、自己防衛の為に培わざるを得なかったからです。

学校側にお願いした事は、LGBTに対する教員たちへの指導をしてもらう上で、先生たちにはフラットな眼でその児童の個性と向き合って頂きたい。

LGBTだから配慮しようにならないで頂きたい。

LGBTは個性であって、決してかわいそうな人々ではないのです。

存在を受け入れてください。しかし特別視はしないでください。

教育者として、性別関係なく人間として育ててください。

人としての部分を忘れてしまうようなLGBTへの配慮にならないように。腫れ物に触るような扱いにならないように。

どうか個性として認識してください。

 

ご興味のある方は、ぜひご連絡ください。
LGBTの子供たちへ、当事者の先輩として協力させて頂きたいです。