こんばんは!!LGBT-JAPAN代表の田附 亮です。

さっそくですが、《性別が中途半端》とはどう言う事でしょうか。

なぜこの様な事を聞いたかといいますと最近、LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスセクシャルの総称)当事者以外の方からも耳にしますし、当事者からも聞く事がございます。

私の周りのLGBT当事者以外の方たちは、非常に寛容でフラットに物事を考えてくださる方達です。とても助かっていますし、フラットな物事の考え方が勉強になります。
彼ら彼女達は、ありがたい事に私と出会ってからLGBTが身近に感じる様になったと言ってくださる方ばかりです。

その反面、私は、自然とLGBTを身近に感じていない方と接する機会も多くあります。

LGBTは聞いた事あるけれど中々日本では出会わないよね。とか、LGBT?聞いた事あるよ!と言った具合に日本国内の人々がLGBTを聞いた事があると言うところまで来た事は嬉しい事でもあるますし、先人達の努力のおかげと感謝しております。

しかし、ここ数ヶ月の間に気になる事を聞く様になりました。それが、冒頭にした質問です。

《性別が中途半端》です。

中途半端や一貫性のあると言った種類の性別などはあるのか?

例えば、

バイセクシャルの意味が分からない。両方の性別が好きって中途半端じゃないか。

Q(クエスチョニング・クイアー)の意味が分からない。自分の性別や性指向が定まらないなんて中途半端じゃないか。

性別適合手術をして戸籍を変えないGID(性同一性障害)の人は中途半端。

などなどです。

そもそも、何が中途半端で何が中途半端じゃないんでしょうか。私は、性別や性指向を自認する事は人に迷惑をかけない事ですし、その人の自認の問題なので自由であり、他人に否定されたり指示される事はないと考えます。

LGBTのB(バイセクシャル)とは

LGBTのBは、バイセクシュアルのことを示します。

まず、バイセクシャルの方に対してですが、私は最高の博愛主義の方と思います。人間を好きになるからです。女性だから好きとか、男性だから好きとかではなく、その人が好きだから好きと言う一番シンプルな愛情表現だと思います。

なぜその事が中途半端になるのでしょう。バイセクシャルの方に限らず、人間に対して性別を認識し、意識の元から性指向が働く人間はそもそも存在しないと思います。

人と出会って、性的に相手を見てしまった時は無意識ですよね?あ、この人女性だ。女性だから、自分は男性だから好きなんだ。よし、性的にも好き!!とはならないと思います。

無意識や潜在意識、感性などが女性・男性を脳が判断して性的に好きになるのであって、それは決して意識的な事ではないと思います。

ゆえに、中途半端かどうかは意識的に何か行動をした結果の話なので、そもそもが比べる事ではないのです。

Q(クエスチョニング・クイアー)の方

クエスチョニングまたはクイアーの方と言うのは、性別を男性・女性の2つに分けたくない、分からない、分けて自認する事に違和感がある方、またはクイアーと言うと、LGBTに属さないけれどマイノリティであると言う方をそう呼びます。

そもそも性別を2種類にしてしっまたからQの方が存在するのであって、もしも性別が2種類ではないと言う概念から考察すると、決して不自然な事ではないのです。

私はクエスチョニングの方達に対してですが、他人に惑わされない脳の思考が柔軟な方だと思います。

性別は2種類だと決めているのは、世論よりも先に自分の脳です。まず、性別が2種類でないといけない理由はなんでしょう。人類の存続のためだとしましょう。

Q(クエスチョニング)ではない方でも、LGBT以外の方でも結婚しない方や、子供をもうけない方もいます。

その人の人生なのだからその人が決めればいいとLGBTQ(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスセクシャル・クエスチョニング or クイアー)当事者や当事者以外の方々もおっしゃって下さります。

ならば、それはQの方達にも言えるのではないでしょうか。

人間は群れをなす動物です。何かに属す事が安心に繋がります。その群れが自分らしさと合わなければ、無理に属すことはしなくていいのです。

それでも属さないといけない理由は誰にも分かりませんし、する必要がありません。

GID(性同一性障害)の方

私がGID(性同一性障害)のFTM(女性として生まれたが性自認が男性)と言うセクシャリティなのですが、戸籍を私が変えていると思った上で、何度かLGBT当事者以外の方から話された事があります。

ちゃんと性別も変えてすごいね。そう言ったGID(性同一性障害)の人で変えていない方は中途半端だよね。

私は変えていないので、そう言った方達からしてみると中途半端な性別なのでしょう。

しかし、私は性別適合手術をしないと戸籍が変えれないそんな日本のシステムに違和感があります。
なぜ、自分の性別なのに他人に決められないといけないのだろうか。

性別適合手術と、手術後のリスクを知った上なのだろうか。

安易に変える事が良いとは言えないと思います。なぜなら、何度も述べさせて頂いておりますが、性別や性思考、どう在りたいかは個人の自由だからです。

性別適合手術をしたい人がして、したくない人はしなければいい。自分を男と思っているなら、男として生きれば良いのです。

これも性別を2種類で考えないで、沢山性別があったとしたら?
性別適合手術をして戸籍を変えたら中途半端じゃないとは言い切れません。

もしも、日本の法律で性別適合手術を受けなくても戸籍の性別が変えれるとなったら意見が変わる方達もいると思います。
性別適合手術とは、人間に備わっている生殖器を取り外す作業です。

簡単に、相手に対して、性別適合手術をしてないと中途半端なんて言えません。

そんな簡単に他人がジャッジ出来る程簡単な意味での手術ではないのです。

まとめ

これは、LGBT当事者の方達にもいえる事です。

前回の記事に書きましたが、自分がLGBTのどれかに属さないといけないと思わないでください。
LGBTの診断と言う枠から外れた自分らしさとは。

 

人間は生まれた時から自由です。性別はあなた。それが正解です。

そして、当事者ではない方へ。

性別や性指向は男性・女性の2種類ではありません。そしてLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスセクシャル)の4種類でもありません。

実は、人間の数だけあるのです。

今一度、人間の性の在り方について考えて頂けると幸いです。
中途半端だと思っているLGBTQの方達も、軽い気持ちでその性指向や性別になっている訳ではございません。

当事者が一番よくわからなくて悩んでいる方もいます。

どうか、悪気がないにせよ性別が中途半端だとおっしゃらず、性別は人間の数存在するんだとお考え頂きたく思います。

ご質問・ご意見いつでもお待ちしております。

ありがとうございました。