マイノリティとは何か

みなさんこんにちは、ライフ部門のあいです。

みなさんはマイノリティという言葉をご存知でしょうか。マイノリティとは日本語でいうと“社会的少数者”あるいは“社会的少数団体”となります。 社会の中でその人、あるいはその団体が少数派であることを意味します。

そして、その属性が少数派であることで社会から偏見や差別を持たれたり、あるいは偏見や差別を意図していなくても社会制度が、少数派であるがゆえにその人達のことを考慮されていないことが問題となっています。

また、マイノリティとはネガティブな意味で用いられることが多く、人数が多くても団体として権力が弱いためにマイノリティとされることもありますし、逆に少数でも権力が強ければマイノリティとはされません。

そして、私達LGBTもセクシャルマイノリティというマイノリティのうちの一つとなります。

セクシャルマイノリティとは性的少数派。つまり、多数派(マジョリティ)である男女二元論や異性愛者と比較して、絶対数が少ないために偏見や差別に苦しんだり、時に社会制度からあぶれたりするわけです。

マイノリティは数多く存在する

これは人によるので賛否があることは承知で申し上げますが、マイノリティ当事者の中には自分を守ることで精一杯になってしまう方がいらっしゃいます。

もちろん、社会に生きる以上誰にでも平等に幸せになる権利があります。なので、自身を守り、認められらようとすることはとても大切なことです。

しかし、時に人は自分を守る為に他者を蔑ろにしてしまうことがあります。ともすれば、そんなつもりはなくても『自分が一番苦しい』『自分がこんなにも辛いのに何故助けてもらえないのか』といった考えに至ることあります。

お恥ずかしながら、実際に思春期の私が正にそういった思考の人間でした。自分が楽になることに一生懸命すぎて他にもたくさん辛い思いをしている人たちがいることをわかっていなかったように思います。

もちろん、1人の人間に出来ることは微々たるものですし、自分が助けられるのは手の届く範囲のわずかな人達になるでしょう。

ですが、辛いと思っているのは自分だけじゃない。他にもたくさん、LGBT以外にもマイノリティとして生きている人達がいるんだと知ることが出来たらと思います。

マイノリティ同士手を取り合う

自分以外にも様々なマイノリティがあり、それに苦しむ人がいることを知る。中には何故そんなことを、と思う方もいらっしゃるかもしれません。 私がこんな事を言うのには次のような理由があります。

よく、マイノリティは他のマイノリティに対してしばしば攻撃的である、ということが言われます。

攻撃的、というのは少し言い過ぎかも知れませんが尖った言い方をしがちなことはよくあるように思います。

これは、例えば『自分達はこんなに辛いのに、そのくらいのことで辛いと言うなんて』という気持ちや、無意識的に他のマイノリティを弱いものと見なすことで自分達を正当化しようとする気持ちから来るのではないかと私は考えています。

ですが幸せや不幸は他人と比べるものではないし、ましてや人の立場を陥れて手に入れるものでもない筈です。

むしろマイノリティとしての種類は違えど、同じくマイノリティという立場に苦しむならばそれを分かり合い、助け合えるはずではないでしょうか。

これはマイノリティに限ったことではありませんが、人は自分の属する集団を守る為に、他の集団と競いがちです。

しかし、“競う”ことと“助け合う”ことは共存し得るの事象であると私は思います。マイノリティ一つ一つは発信力の弱いものかも知れません。けれどそのマイノリティが手を取り合えばそれはひとつの大きな力になるのではないかと思います。

今回はLGBTとは少し違うお話になってしまいましたが、それでもLGBTの1人として、マイノリティの1人としての私の考えをお話させて頂きました。