人権とは

みなさんこんにちは、ライフ部門のあいです。

昨日のブログに引き続き、今日もLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーなど性的少数者の総称)と人権について考えてみたいも思います。

まず、そもそも人権とはなんでしょうか。日本国憲法第11条~13条の条文に書かれている、確固たる権利で、簡単に説明しますと次のようなことになります。

人権というのは社会生活において幸せな生活を送るための権利です。これは、国民全員が持つ権利であって、赤ちゃんから高齢者。総理大臣から囚人まで誰もが持っています。

当然そこにセクシャリティの隔てはありません。

幸せな生活とは

幸せな生活を送る権利、と説明した部分は憲法13条『すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。』の生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利、の部分を私の言葉にして伝えさせて頂きました。

では、幸せな生活とは一体なんでしょうか。幸せを定義するのって実はとても難しいことなんじゃないかと私は考えています。

幸せだと感じるところは人によってまったく違います。結婚して子供がいる温かい家庭が幸せだと言う人がいれば、仕事で成功し、寝るまもなく働いて功績を残すことが幸せだと言う人もいます。

では、この幸せをLGBTに焦点を当てて考えてみます。

もちろん、LGBTと一口に言っても考え方や、幸福感は人それぞれなので全員に当てはまるものではございませんので、そこはご了承願います。

さて、渋谷区のパートナーシップ条例をきっかに注目を集める同性婚ですが、これについて反対の声が上がっています。

政治的な側面などを含め簡単に変わることが難しいのはわかります。しかし、同性婚が叶わないとなると同性婚を望む人の『同性パートナーと結婚して、家庭を築く』ことを幸せだと感じる人がいます。その人達の“自由及び幸福追求に対する国民の権利”はどうなるのでしょうか。

同性愛者の方々は別に趣味で同性を愛するわけではありません。変えろ、と言われて変わるものではないのです。

つまり、同性婚が認められないから代わりに異性と結婚して、それで幸せになるというわけにはいかないのです。

もちろん、国民全員の望みを全て叶えることは困難です。しかし、こういった理由で幸福を追求できないでいる人達がいるという、現実は知っておいていただきたいと思うのです。

結婚だけではない、幸せ

冒頭でお話したように、幸せは結婚だけではありません。趣味や自己審美の追求など、人間として幸せに生きるために必要なことは人の数だけあります。

そして、その権利は国民全員に有るのです。その事実を踏まえて次にご紹介するニュースをご覧いただきたいと思います。

 多様な性の在り方への社会的理解が進む中、拘置所や刑務所といった刑事施設での性的少数者への対応の是非が議論を呼んでいる。東京拘置所が男性拘置者に同性愛が描写された書籍の閲覧を禁止した措置について弁護士会が「人権侵害だ」と警告したほか、男性から性別変更した女性拘置者に同拘置所が女性ホルモン剤の投与を認めない決定をしていたことも判明。

(中略)

法務省によると、刑事施設では成人向け書籍も閲覧可能だが、どこまで閲覧可能にするかは描写の過激さや収容者の資質などを考慮し、各施設が個別に判断しているという。

(中略)

一方、交際男性を殺害したとして殺人罪に問われた東京・銀座の元ホステス、菊池あずは受刑者(29)=27年12月に東京地裁で懲役16年確定=の公判でも、拘置所での処遇が問題化された。菊池受刑者は男性として生まれたが、性同一性障害と診断され、性別適合手術をして女性となっていた。

弁護人によると、菊池受刑者は起訴後、収容された東京拘置所に女性ホルモン剤の投与を希望したが、同拘置所は「病気治療薬ではないため認められない」と却下。弁護側は「人権上な観点から、速やかな投与が必要だ」と主張したほか、証人として出廷した医師も同様の証言をした。

GBTに厳しい塀の向こう側 個々の事情に対応進まぬ拘置所・刑務所より引用

受刑者における権利についてはここではおいておきますが、理解がない故にLGBT当事者の人権が侵害されている事実はここでも見受けられます。

LGBT、つまり同性愛者、両性愛者、トランスジェンダー、性同一性障害は精神異常でもなければ国益に害をなす存在でもありません。

現状人権をを侵害されていると感じる人達がいる以上、国の対応とみなさんのご理解が必要になります。

ぜひ一度、偏見を一切なくしてこの事実を見つめてはいただけないでしょうか。