LGBTの新しい三人称

みなさんこんばんは。ライフ部門のあいです。

その前に、この記事を読んでみてください。結婚雑誌のゼクシィさんがLGBTを取り上げてくださってました。

先日インターネットにてこんな記事を見つけました。
「HeでもSheでもなく、私を「Ze」と呼んでください。性別のない新しい人称代名詞」

性別を限定しない人称代名詞「Ze」 米国の大学で使用を推奨

英語の勉強をしたことがある人なら誰でも、「彼」はHe、「彼女」はSheであると知っているでしょう。

性別をあらわすこの人称代名詞は英語の基本ですが、近年このHeやSheがどちらにも属さない「第三の性」を持つ人々に混乱を与えていることもまた事実です。

このような人々が快適に大学生活を送れるように、アメリカのテネシー大学が「Ze」という新しい人称代名詞を用いるようにと学生たちに推奨しています。

この「Ze」は性別を限定しないニュートラルな人称代名詞となっていて、第三の性を持つ人のみならず、学生全員、教職員全員がお互いを呼ぶときに使用すると良いとされています。

テネシー大学では他にも、学校に提出する書類では誕生したときとは違う性別を選べたりするなど第三の性を持つ人に配慮したさまざまな対策がなされているそうです。

アメリカが同性婚を認めたニュースは世界に衝撃を与えましたが、そのために新しい人称代名詞を使う大学までもがあらわれたことに驚きを覚えます。

この「Ze」が将来、日本の英語教育に導入される日がくるのでしょうか。
http://netallica.yahoo.co.jp/news/20150925-03019945-mynavis

 

アメリカのお話ではありますが、こういった世間の意識の変化はLGBT、特に私たち性同一性障害当事者や、どちらかの性別に分類されることを望まないエックスジェンダーの人たちにとっては嬉しいことではないでしょうか。

一人称、三人称の悩み

みなさんは自分のことをなんと読んでいますか?僕、俺、私など、代表的なものはこの辺でしょう。しかし、これらはどれも性別に左右されることが多いんですよね。
もちろん、ビジネスの場では男女共に私になりますが、プライベートでは必ずしもその限りではないでしょう。
これが当たり前になっている日本では、性同一性障害、エックスジェンダーの当事者は悩まされることがしばしばあります。
例えば見た目がまだ男性寄りのMtF(男性から女性への性同一性障害)は気持ちとしては“私”を使いたいのですが、社会の目を考えて俺、僕などを仕方なく使っている場合も多いでしょう。

私は当時、上記のような心境からプライベートでは自分のことを“ウチ”と呼んでいました。
その名残で今も時々“ウチ”が出てきます。そろそろいい年なので、ふいに言ってしまうと少々恥ずかしいです(笑)

閑話休題。私の例の他にも一人称を“自分”にするなど、少々窮屈ではありますが、自身を指す場合はなんとかなるんです。
問題は人から呼ばれる場合ですね。直接呼ばれる場合はさておいて、三人称で指される場合に彼ら、彼女と呼ばれるとちょっと残念な気分になったりします。
他人からしたら他意はないですし些細なことなのですが、当事者、特に性別をなんとかしたいと悩み始めた初期なんかは結構ダメージが大きかったりするものです。

ここで冒頭の話題に戻るのですが、新しい三人称を、という考え方は非常に喜ばしいと感じます。

今回の試みの今後

ではこれを日本に置き換えて考えるとどうでしょう。アメリカでも、今回の記事のようなことは初の試みです。
私の知る限り日本でもこのような試みはまだありませんし、少なくとも浸透はしていないです。

アメリカの話にせよ、日本でこれから仮に始まるにせよ、肝心なことはこの言葉がうまれることではありません。LGBT当事者の間でだけ使われても意味はありません。
全体として平等に使われなければ、結局はそれ事態が(今回の記事ならZe)差別的な意味で使われかねないのです。

これまでに性別の垣根をとった言葉

同じアメリカを例にあげるなら、~manを、~personにしようという動きごありましたね。

日本でも同じように看護師やキャビンアテンダントがあります。
どちらもかなり浸透していますが、これはその職業の人たちが自らをそう呼称したことが大きいように思います。
三人称で同じような効果を期待するには、メディアが平等な立ち位置で少しずつひろめるのが現実的かと思います。
なんにせよ、これが影響して日本でも同じような動きが起きると良いなと思います。

さいごに

このように言葉の整備というのは大切ではありますが、それよりも前に気遣いが一番大切です。
新しい言葉を使う場合もそうですが、既存の言葉でも気遣いひとつで相手を守ることも傷つけることもできます。
面倒だと考えるかもしれませんが、人付き合いで言葉を選ぶのは基本的なことだと思います。

そして、当事者側も気遣って欲しいと押し付けるのではなく、まずはきちんとわかってもらう努力を怠ってはいけないですよね。

相互の気遣いが結果的に良好な人間関係を築くのだと、私は思っています。