こんにちは!アパレルのちゃんかなです(^^)

明けましておめでとうございます。

早いことで、2016年も半月ですね(^^)

みなさんは、どんな年末年始を過ごされましたか?

私は毎年恒例、鍋パーティー&初詣の会を友達とやりました♪

今年の初詣は明治神宮に行ったのですが、元旦に目立つといえば振袖、着物の方々。

すごく綺麗で見とれちゃいました。

「来年は、ちゃんと着てこようね。」と友達と約束した初詣となりました。

では、今年も元気にブログ書かせて頂きます!

本日は、デザイナー紹介!!

今回は、こちら!!

アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)

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彼は、20世紀から21世紀初頭期にかけて活動したイギリスのファッションデザイナーです。

彼はゲイとして生きた方です。

自身の名を冠したファッションブランド「アレキサンダー・マックイーン」はイギリスを代表するファッションブランドとなっています。

型にはまらないデザインと衝撃を与える手法でしられていて、その劇的なデザインは幾多の賞賛を受け、ビョーク、レディー・ガガ、リアーナなどの前衛的なファッション・すたいをもつ顧客を抱えた他、ブリティッシュ・デザイナー・オブ・ザ・イヤーを4度に渡って、受賞しています。

すごい人ですね。。。

来歴。。。

ロンドンの下町に6人兄弟の末っ子として生まれた彼。

16歳で学校を辞め、サヴィル・ローのテーラーにアシスタントとして雇われた。

その後イタリアのロメオ・ジリアントのアトリエに勤務したが、後に再びロンドンへ戻りセントラル・セント・マーチンズの修士コースで学びました。

1992年、セントラル・セント・マーチンズの卒業コレクション時に、「ヴォーグ(ファッション雑誌)」のエディターでスタイリストでも知られていたイザベラ・ブロウの目に留まったことがきっかけでデビューが決定しました。

この時ブロウは、マックイーンがまだ無名の存在であったにも関わらず、彼の卒業コレクションを5000ポンドという破格の値段で全て買い取ったという。

1996年にロンドンコレクションに参加。

同じ年にジバンシーのデザイナーに抜擢されるが2000年12月、「マックイーン社」株の51%をグッチグループに売却。

これが原因でLVMHの参加にあるジバンシー社とは、仲違いをする。

2001年10月の契約期限完了とともにデザイナーを辞めた。

自身のブランドのファーストラインの他にセカンドラインとしての「マッキュー(McQ)」に加え、プーマとのコラボレーションでスニーカーのデザインも行っていました。

(Wikipedia参照)

恋人と死。。。

そんな彼は2000年夏にパートナーの男性、ジョージ・フォーサイスとスペインでイビザのヨットで結婚式を挙げて注目されました。

当時スペインでは同性同士の結婚が認められていなかったので、結婚は非公認でした。

残念ながら、二人は1年後に別れましたが友人としてとても仲が良かったそうです。

ですが、その10年後、2010年2月にアレキサンダー・マックイーンは40歳という若さで亡くなりました。

死因は、自ら首を吊った自殺。

その理由については「プレッシャーによる不安とうつ」「どうしようもない不安とうつ」「薬物の過剰摂取」などか検死医の所見から導きだされており、精神的な要因が大きいと思われていました。

しかし、後日新たな可能性が浮上して世間をにぎわせました。

ジャーナリストのモーリーン・キャハランが新著「Champagne Supernovas」の中で、マックイーンは亡くなる前に自分がHIV陽性であると親しい友人に対して認めていたと明かしました。

本にはその時の友人との会話が収録されているという。

その友人は、誰だか分かりませんが、もしかしたらパートナーのジョージ・フォーサイスかもしれませんね。

なんだか、悲しいラストですがそれでも彼は世界が誇るファッションデザイナーであると思うちゃんかなでした。

という感じで、アレキサンダー・マックイーンでした!!

 

LGBTにとってファッションがもっと身近なものになりますように。

ちゃんかな