LGBTの問題に対応してもらうのは当たり前ではない?

みなさんこんにちは、あいです。

急に涼しくなり衣替えに慌てる週末となりました。みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

さて、今日はLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーなど性的マイノリティの総称)当事者と同時に、周囲の人達の目線になって周囲にLGBT-JAPANがいたらどうしたら良いか、ということを考えてみたいと思います。

ノンケ(LGBTではない人達。アライやストレートなどとも言われる)の方からしたら、LGBT当事者の感覚は理解出来ないものだと思います。

「ニュースとかでもやってるんだし、知らないわけないじゃない」と思う方もいらっしゃるかも知れません。

ですが、数多くの問題やニュースであふれる昨今、その全てを正確に把握することは困難と言えます。どなたも自身の生活や仕事がありますから、ニュースや情報の取捨選択にも優先順位が出来るのは当然のこと。

それを差し置いてLGBTを優先的に考え、対処すべきというのは少しばかり乱暴な気がします。

もちろんLGBTの対応を後回しにして良いと言うわけではありませんが、LGBTの問題=自分達の苦しさを解決することだけで、他のことを疎にするというのは早計だと思うのです。

社会が「LGBTに対して何か対応しよう」と動き始めてくれているのなら、それを当然のことのように捉え、対応出来ていないことを責めるのではなく、ありがとうの気持ちを持ってこちらから歩み寄るべきと、私は考えます。

周囲の人はどう接するべきなのか

では、お互いに歩み寄るべきだという考えのもと、身近にLGBT当事者がいた場合、周囲はどう対応するべきなのでしょうか。

実はこういった話は、LGBTの講演会なんかに行くとかなりの確率で話題になっていたりします。私自身も足を運ぶことがあるのですが、そこで多いのは「私達を理解して下さい」とか「LGBTについて勉強して下さい」ということ。

確かに、知らないが故に傷付けることもありますので間違いではないでしょう。

しかし、前項でもお伝えしたようにみなさん、お仕事やご自身の生活があり、その中で考えなければならないことはたくさんあります。そこでLGBTのことを「当事者が生きやすくなる為に、みんな勉強して下さい」と言うのは中々難しい。

また、LGBTの問題の多くは対人問題です。

例えば同性婚や、性別適合手術やホルモン治療など制度的、身体的な問題は確かに存在しますが、乱暴な言い方をすればこれは当事者の問題です。

もちろん、当事者だけで勝手にやって解決しろ、というわけではありません。そういったことに関心を持ち、応援して下さるのはとても嬉しいことです。

しかし、職場や学校で周囲の人がLGBTだったからと言ってこれらの問題ひとつひとつに真剣に向き合い、理解する必要はないはずです。

では、改めて。

「周囲にLGBT当事者がいたらどうすべきか」

私が考える答えは、一人の人として向き合うことです。

例えば、「最近恋人が出来たんだ」なんて話をされたとしても「おめでとー。で、夜の方は?」なんて急に言ったりはしませんよね。

LGBT、同性愛や性同一性障害というとその特異性から性的な部分を連想したり、興味本位で質問したくなる方がいらっしゃいます。

しかし、それは上記のような質問をするのと同義です。

LGBT当事者はあなたと同じ人間です。いきなり性的な話をされれば恥ずかしいですし、身体的な質問やナイーブな問題について積極的に聞かれたら戸惑うのも同じなのです。

LGBT当事者が周囲にいた時一番に必要なのは、知識よりも人としての常識と気遣いだと私は思うのです。