マイノリティー 生きる苦しさ

みなさんこんばんは、ライフ部門のあいです。

もう少しで2015年も終わりますね。みなさんにとって2015年はどんな年だったでしょうか。私の2015年は転換、気付き、前進の年でした。

さて、そんな年末の今日。自殺、というちょっと重たいテーマに挑戦しようと思います。また、この記事は私の主観と想いを主軸に書くつもりですので、ご了承の程よろしくお願い致します。

余談ですが、年末に自殺が多い、というのはイメージであって、警視庁の調べによると、実際には年末は犯罪や自殺などの事件は減少傾向にあるようです。

閑話休題。さて、本題ですが性同一性障害当事者が自殺に至る。また、そこに至らずとも未遂や自傷行為など『生きることが辛い』と考えてしまう。こんな話を耳にすることは多いように思います。

今はへらっと生きている私ですが、性同一性障害としたの診断を受け、治療が進むまでは死を意識することも多かったものです。

では何故、性同一性障害当事者が『死』を意識してしまうケースが多いのでしょうか。

性同一性障害当事者に限った話ではありませんが、自殺というのは現状生きる社会において、耐え難い苦痛が継続し、死ぬ以外に逃げ道がないという思考に陥った結果の行動だと私は考えています。

つまり性同一性障害当事者においては、男性と女性という2つの性別が当たり前とされる社会において、自身がそのどちらにも属せない。あるいは、属したい性別と反対に集団にいることによる葛藤が生き苦しさとなって追い詰められてしまうことが主たる原因のひとつであると思います。

私が自殺を考えたわけ 思い留まれたわけ

私が最初に自殺を考えたのは高校生の頃でした。その頃、私は初めて性同一性障害という言葉があることと、その概要を知りました。

その時初めて、自身が感じていた違和感や身体への嫌悪感の正体を理解しました。そして、それにより自分が『男である』ということにより一層悩むことになったのです。

具体的に男性として社会に出て、結婚して、子供を授かる場面を想像したときに、男性側、父親側である自分を全くイメージできなかったのです。

また、私はサラリーマンの父と専業主婦の母の間に生まれたこともあり、そういった家庭を築くことが当然であり、幸せだとも信じていました。それが叶わない、そう思った時の絶望感は相当なものでした。

先程、最初にと書いた様に実は自殺を考えたのは一度ではありませんでした。二度目は家族にカミングアウトしたときです。父親の強い拒絶により、自分自身が全て否定されたように感じた為です。

最も信用したきた、当たり前に側にいてくれた家族からの拒絶は私にとって想像以上に辛く手首に刃を這わせて、家族にも辛い思いをさせてしまいました。

しかし、今となってはこれらの考えは実に浅はかだったと反省しています。

まずひとつ。将来の不安については私の思い込みであったことがあります。今も性別適合手術を受けた場合は自分の子供を持つことは難しいですが、パートナーが出来ないというのは思い込みです。望む性別の身体になった後でも努力次第で望む仕事に就くことだって出来ます。

当時の私はやりもせずに、不安に駆られて諦めてしまったのです。

カミングアウトの拒絶によることも同じです。父親の気持ちを理解せず、自分が受け入れてもらえないことを嘆いていました。それ故に将来、お互いに歩み寄れる未来を信じず、諦めてしまっていたのです。

つまり、今辛いことが全てになってしまい、希望のある未来を想像しない、そこへ向かう努力を諦めてしまう。

それでは例え周りが手を差し伸べてくれても、生きる希望は持てないと思います。

性同一性障害として生まれたこと、生きるとこ。辛いことは多いかも知れません。

私も今、生まれついての女になれると言われたらどんな犠牲を払っても望むかも知れません。

ですが、性同一性障害の私だからこそ得られたものも多かったです。

死にたいほど苦しんで、でも支えてくれる人に出会うことも出来ました。

もし今、死ぬ程苦しいと思う人がいたら自分がどんな未来に生きたいかを考えてみてください。

そこに至る道はゼロではないと思います。

まだ障害は多いですが、着実に性同一性障害当事者が生きやすい環境は出来てきています。

それでも苦しかったら周りや、私達を頼ってみて下さい。大切なのは一人で悩まず、明るい思考を取り入れていくことだと、私は思っています。