家族へのカミングアウト

みなさんもこんにちは、ライフ部門のあいです。

先日のブログで「親へ性同一性障害をカミングアウト その時の親の心境とは」というブログを書いたところ大変ご好評いただきました。性同一性障害当事者として、やはりカミングアウト(自身が性同一性障害などセクシャルマイノリティであることを第三者に告白すること)特に親へとなると悩んだり思うところが多いのでしょう。

ただ、前回のブログでは私が今になって感じる「当事者の親の心境」という側面から少々あっさりとお話しておりました。

カミングアウトをすんなりと受け入れてくれる親御さんばかりではありません。中には、頭ごなしに否定される方もいらっしゃることでしょう。

私の場合、母は比較的理解を示してくれましたが、父がかなり否定的でした。今回はその当時のことをお伝えしたいと思います。

カミングアウト時の父の反応

さて、まず私の家族へのカミングアウトの流れについてお話します。私は父、母、妹の4人家族で当時は千葉の実家に4人で住んでいました。会社役員の父、専業主婦の母、学生の妹という家族構成でしたので自然と母や妹と話すことは多くとも、父と話す機会は少なかったように思います。

そんな環境だっこともあり、私の最初のカミングアウトの相手は母でした。母に自分の気持ちを伝え、受け入れてもらってから、母同席のもと父へのカミングアウトをはかったのです。

カミングアウトしたときの様子として、父は別に声を荒らげるでも怒るでもなく溜息をついていました。

「じゃあ、おまえは男が好きなのか。」

「手術したって本物の女にはなれないぞ」

などから始まり、否定の言葉とともに「気のせいだ」「諦めろ」と言っていました。

カミングアウト後の態度

カミングアウトは上記のような反応のあと、今日はもう聞きたくないと一度解散になりました。

翌日以降はその話題を避ける、というより私との接触を避けるようになっていたように思います。

食事の席、家族での外出は一緒でしたが、私に話しかけることはほとんどありません。

そんな中でも私はわかってもらおうとカミングアウト…といいますか説得を続けましたが、まともに取り合ってはもらえませんでした。

今になって思えば、自分の気持ちをばかり押し付けて父の気持ちを考えもしなかった私にも落ち度はありました。

父は当時50歳。男が働き、子と妻を養うものだという教育を受け、それを実践してきた。そんな世代の人です。その父が、性同一性障害という存在を正しく理解していない状態で長男からカミングアウトを受けたのです。相当なショックだったことでしょう。

その状態で私は「自分が女性として生きたい」という気持ちだけを訴え続けていたのです。私と父の関係は2年間、冷えきっていました。

父との関係の変化

そんな父との関係が悪化していた頃、父の「お前は女になって何を成すのか」と言う言葉を受けて、私は少し考え方を変えました。

性同一性障害であっても。女性になっても人として立派に生きられることを見せようと。具体的には就職活動や勉学などです。その辺は割愛致しますが、大学3年の頃私は就職先を決め、卒業単位をほぼ取り終え、手術費用を貯めて改めて性別適合手術を受けることをカミングアウトしました。

父は良い顔はせず、好きにしろとだけ言い私はここで手術を受ける日程と病院を決定します。それは2008年の冬のことでした。

手術直前とその後

私が性別適合手術を受けたのは2009年1月6日でした。

私の実家では毎年元日は地元の神社に家族で初詣へ行っています。2009年もそれは同じで私と父の会話はあまりありませんでしたが、家族で神社へ赴きました。

いつもはお賽銭を投げておみくじをひいて終わる初詣ですが、その日は少し違いました。お社の中に入り神主さんのお祓いを受けるというのです。そこでは、安全祈願祈願の為に私の名前が、頑なに父が呼んでくれない私の改名後の名前が読み上げられました。

家に帰ってから、母があれは父が考えて手配してくれたのだと聞いたときは嬉しかったですね。

ですがその後も、手術後も父との関係はすぐに回復したとは言い難いです。父と昔のように普通に話せるようになったのは実は最近だったりします。

それは仕事もプライベートも女性として自立したことが理由の一端であるようにも思います。

私に余裕ができたこと、父が親として私を認めてくれたことで折り合いがついたのでしょう。

 

私の話に限らず、カミングアウト後の否定や拒絶は「性同一性障害の不理解」が大きいように思いますが、もうひとつ大事なのは「お互いの一方通行な主張」であるように感じます。ただわかって欲しいだけではどんな想いも伝えるのは困難です。

更に、今回のように親へのカミングアウトで言うならば性別に関係なく、しっかりと生きることが出きるということを示して安心させてあげることが、理解への一番の近道なのではないかと感じました。