こんばんは。
アパレル部門の、しんぽんです。

自分のゲイとして生きるライフストーリーについては、以前にも書きました。
例えば、
ゲイとして生きる -自覚からカミングアウト-
だったり、
ゲイとして生きる -ゲイ活動から両親へのカミングアウト-
なんかで書いていたりします。

今回は、ゲイに目覚めたきっかけをもう少し詳しく書いてみようかなと思います。

自分の場合、何度か書いていますが、小学校くらいまでは男女の区別をあまりしてなかったんですよね。
割と声も高かったから、林間学校に行くバスの中、謝恩会の最中なんかのカラオケが出来るタイミングでは、必ず当時から大好きな小泉今日子(キョンキョン)の歌をクラスメイトやその親御さんの前で披露してました。
林間学校のバスの中では「木枯しに抱かれて」、謝恩会の時は「Good morning-call」を歌いましたよ。
人前で歌うことへの恥ずかしさは感じていたものの、男の子が女性アイドルの歌を歌うことについては何の疑問も持ってませんでした。
自分の中にある男の子の部分、女の子の部分を、遊ぶ相手によって合わせていた感覚は、今思えばあったように思います。

そしてさらに今思えばって意味での初恋は小学校4年生の時にクラスメイトで頭の良かった男の子でした。
当時はそれを初恋とは思ってなかったんですよね。
なんか気になるくらいの感覚で、恋愛事だったり、性的なことには疎かったこともあって、特別な友達になりたいって感覚が強かったかも。
なので、まだまだ自分をゲイと自覚するところまではやってきていません。

中学に入るか入らないかくらいの時期になって、初めてなんとなく自分の性的指向が周りとは違うみたいだということに気づき始めます。
自分の女性っぽい雰囲気の部分をとらえて「オカマ」とか「女男」とか言われながら、言葉のいじめを受け始めたんですね。
体育祭みたいなイベントの時、全校生徒が校庭に集まっている状態の時なんかに、大声で「オカマ」とか言っていじってくる同級生もいたりしました。
当時はそういう風に攻撃の対象になることが嫌で嫌で、学校から帰ってくると自分の部屋にこもって泣いたり、寝る時に布団の中に頭まで突っ込んで泣いたりしてました。
両親にはそういうことで悩んでる自分を見せたくなかったんですね。なのでこっそり泣いたり悩んだりしてました。
自分の女性っぽさは人から嫌われる性質なんだと思って、自分のことを恥ずかしいと思ってしまっていた時期でもあります。

そして、ゲイに目覚めたきっかけは中学三年生の時。まだまだ、この頃も奥手で性的なことには疎かったです。
体育の授業の時でした。また、同級生が言葉でいじってきます。
その時に、同級生の一人が「ちゃんとついてるのかよ」みたいなことを言って、股間をつかまれたんですよね。
股間をつかまれたこと、そのものがとっても恥ずかしかったけど、それよりも股間をつかまれてドキドキしてしまったことの方が自分の中で大きくて、大きな気づきの瞬間でもありました。
対・男の子に対してドキドキする感覚を持っているということを強烈に気づかされたんですよね。
それが、自分がゲイだなと気づいたきっかけになってるなと感じます。

もし今、自分の性的指向や性自認で悩んでるような人がいるなら言ってあげたい。
小さい頃の世界はまだまだ狭いから、そこで深く悩むのはもったいないよって。
何も特別なことではないよね。
男が男を好きになって何が悪いのか、何も悪くないでしょ。

それと、自分は心の部分でだったり、感性の部分では中性でありたいって感覚が強いんだけれど、中性よりでいたいと思うような感覚がある若い子がいたら、そういう人がいてもいいじゃんって言ってあげたい。
あくまで性自認も性的指向もその人の個性の一部。それがその人を表すすべてではないもの。
自分を否定することもなければ、自分を卑下する必要もない。
どれだけ自分らしく過ごせるかってことの方が、もっともっと大事なこと。

ただ、悩んだことは決して無駄にはならないと思う。
それだけ真剣に考えた結果だと思うから。
セクシャル・マイノリティ(性的少数派・性的少数者)の仲間たちが素晴らしいと思うのは、多かれ少なかれ、自分自身を内観することに長けていること。
悩んでいる・悩んでいた期間があれば、それだけ自分のことを見つめる時間を持ってきたということだもんね。
他の人にはない武器になると思うから。