こんばんは!! LGBT-JAPAN 代表の田附 亮です。

今日は、LGBTのTの部分の説明と、その中でもFTM(生まれた性別は女性だが性自認は男性)の私の幼少からの価値観に影響があった詩をご紹介致します。

まず、LGBTとは、簡潔にいいますと『二丁目の人達』を差別的に言わない言い方です。レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスセクシャルの略になります。

《T》の部分のトランスセクシャルって?となられる方は少なくないと思いますが、世間の方が聞いた事がある言葉としては性同一性障害の方を言います。当事者としては、障害じゃないんだけどなぁ〜と思いますし、GID学会(性同一性障害の学会)でも性別違和や性同一性と言い方を改めようと、脱病理化が進んでいるのは事実です。

トランスセクシャルとは、《トランス》変える、超える、反対側などの意味がある事から、性別を生まれてきた時のとは反対の性別と自覚、または変える方の事を言います。

私は、トランスセクシャルのFTMです。FTMとはFemale To Male の略で、女性から男性と言う意味になります。

性転換(今は性別適合手術と言いますが)はしておりませんが、ホルモン治療と胸切除により、男性として生活しております。
厳密に言うと、その中でも、FTMとして生活しております。昔は、男性として生きていきたいと思い意固地になっておりましたが、今は男性としてではあるますが、個性を生かしあえてFTMとして生活している部分もあります。

僕の根っこ

ふと、この間私は私の価値観の根本ってなんなんだろうと思いました。

私の母は、年齢65歳。クリエイティブな発想の人で、色々な方向から物事がみれる人です。

カミングアウトの時の母と私の記事も合わせて読んで頂けると幸いです。
性同一性障害(FTM)とお母さん

もちろん大前提として、母の影響と父の影響はあるのですが、この間本棚をボンヤリ眺めながら何読もうかと考えておりました。
そこに、昔昔購入した本がある事に気付きました。

ご存知の方も多いと思いますが、《金子みすゞ》さんの童謡集でした。

小学校1年生の時、先生からの宿題で好きな詩を発表すると言うものがあり、みな新しい詩だったり、教科書で学んだ事のない詩だったり、新鮮さを求めて考えている中、以前教科書で出会った彼女の詩を私は迷うことなく選んだのを覚えています。

新しいのにしたら?とか、それ知ってる〜!とか言われながらも、私は断固この詩にしたのでした。ご紹介致します。

 

《わたしと小鳥とすずと》

“わたしが両手をひろげても、お空はちっともとべないが、とべる小鳥はわたしのように、地べたをはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、きれいな音はでないけど、あの鳴るすずはわたしのように、たくさんのうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい。”

(金子みすゞ童謡集  わたしと小鳥とすずと JULA出版局より抜粋)

 

 

昨今の教育機関でもご紹介しているのか存じあげなかったのもあり、紹介させて頂きました。

人生の、日本の大先輩であるこの詩を拝見し、簡単な言葉で、真意をついている奥深さ。
この詩を20年以上経った現在の私の根っこの価値観として生きている事実。

心から感謝すると共に、人々を尊重できる人間に日々なっていこうと思う次第です。

この他にも金子みすゞさんは、とても分かりやすい言葉で人間の根本をついた詩を書かれております。
難しい言葉なんていらないですね。そこに心があれば。