こんばんは!! LGBT-JAPAN 発起人の田附 亮です。

今回は、性同一性障害のうちのFTM(女性で生まれたが性自認は男性)の方のお母さんについて、私の体験を元に掲載させて頂きます!!

FTMとは、性同一性障害と言われている中の、女性で生まれたが性自認が男性の方を言います。Female To Male の略です。
反対に、男性で生まれたが性自認が女性の方をMTFと言います。Male To Female の略です。

性同一性障害は、同性愛とは違うと言う事を前回説明させて頂きました。前回の記事はこちらからどうぞ!

性同一性と言うものは、性自認(自分んの性別の認識)が生まれた性別とは異なる事であって、性思考(性的に思考する相手)とは関係がありません。

もしも、産んだ我が子が女の子だったとして、どうしても男の子の様に自分を認識している様でしたら、もしかしたら性同一性と言う個性を持った方かもしれません。

そもそも障害ではありません!!

性同一性障害と世間、特に日本では言われておりますが、最近での学会での情報によると脱・病理化が唱えられております。

ここには、障害と言われるものではなく個性だと言う部分が多く含まれております。
FTM当事者の私も個性だと思っており、障害とは思えません。

そもそも障害とは?の話になりますと、タイトルから脱線してしまうと思いますので、割愛させて頂きます。

脱・病理化は障害と言う概念から離れると言う部分では非常に素敵な事だと私は思います。
しかし、ここで脱・病理化を推進してしまうと保険適用の問題などが出てきまして、迅速に対応出来ていないのも事実です。
障害にするなら、それなりの保障や待遇があったらいいのに!と言う声も勿論あります。

保険が使えて、かつ障害でなくなり個性として扱われる方法は無いものかと欲張りかもしれませんが率直な意見です。

現在、学会でも呼称を変えようと、性同一性障害から、性同一性・性別違和などと表現を変えております。

もはや学会では性同一性障害を使う方は見受けられません。

しかし、私があえて性同一性障害と使うには理由があります。

性同一性または性別違和が当事者以外の方に認知されなさすぎているからです。

なので、私はあえて性同一性障害と使った上で、障害では無い事。素敵なアイデンティティーだと言う事。
そして、呼ぶなら性同一性・性別違和なんてのもあるよ!と言う事を伝えていこうと考えております。

数名の方に聞きました。

FTM(女性で生まれたが性自認が男性の方)をお子さんに持つお母様と、ゲイのお子さんを持つお母様とお話しをさせて頂ける機会が以前ありました。

人それぞれ、お母さん次第で考えは沢山あると思いますので、全てのお母さんがそうと言っている訳ではありませんのでご了承ください。

その方達に、何が不安で、何が悲しくて涙を流したり不安な事があるんですか?とお伺いさせて頂きました。

お二人とも、お子様のセクシャリティは異なえど同じセクシャルマイノリティの親御さんです。お二人は、将来が不安とおっしゃいました。

自分が死んだ後この子は独りなんじゃないか。
もしもの事があったら対策はあるのか。
結婚ができ無い現実。保険医療が整備されて無い現実。

諸々の日本のLGBT事情でした。
ならば、全ての条件がクリアーになるならどうですか?

結婚も出来る。
子供も持てる。
保険医療システムもしっかり出来ている。

他に不安な事や悲観する事はございますか?と再度お尋ねさせて頂きました。

そのお二人は何も無い。との事でした。

ならば我々がみんなと協力してなるべく早めにそれを実現できる様に尽力します。とお伝え致しました。
それを実現したら、悲しみの涙が少なくとも二人分は消えると思うとなんて素敵な事なんだろうと私は思ったからです。

私の尊敬する母

私が、母にカミングアウトしたのは、今から10年前の20歳の時です。

なにを思って母に伝えようと思ったかと言いますと、
産んでくれてありがとうございます。と眼を見て言える様になりたかったからです。

それまでは、話さないで一生生きていこう。だってお母さん悲しむ気がするもん・・・と思ってました。

けどこれって、母のせいにしてるんですよね。
母のせいにして、なりたい自分になる事を諦めて、悲しむとか勝手に決めて自分が悲劇のヒロインになっていた気がします。

本当はなりたい自分になりたくて、治療を始めたかったのに変化を自分自身が恐れていた部分もあったかもしれません。

ふと、このままでは母そして父に生きている間に心からありがとうが言えない!!

と思ってしまったんです。そして決意しました。伝える事を。

私の母は、気丈な女性で、子供の私が見ても賢い女性だと思います。
そして愛情を持って育てて頂きました。
女性の強さを持った母で、ちょっとやそっとの事では動揺しない肝っ玉母ちゃん。協調性とチャレンジ精神の塊で、他人の子供にも叱れる昨今の大人にはない人です。泣いた所は見た事がなく、笑顔のイメージしかありません。とても尊敬しております。

そんな母でもカミングアウトのその日は違いました。

母の背中

その日、私はアルバイトから帰ってきて、母に聞いて欲しい話しがあると伝えました。

母は何となく重い話しの様な気配を感じた様な雰囲気だったのを覚えています。

一人暮らしがしたい。と言う切り口から自分は女の子が好きな事、そして自分の事を男だと思っている事を伝えました。

母は静かに聞いていてくれていて、私が話し終わると静かに言いました。『私がちゃんと産んであげれなかったんだね、ごめんね。』そして続けてこう言いました。『なんと無くお姉ちゃん達と違うから気づいていたけど、気づかないふりをしていた。治療はしないといけないの?そのままではいけないの?』

母は泣いてました。初めてみる母の悲しみの涙に、私の頬にも涙が伝っていました。

私は、このままでは入れない事。心から人生を楽しみたい、産んでくれてありがとうと心から伝える様になりたい。理解しなくても良いから受け止めて欲しい。今はお互い整理がつかないし、声や容姿も変わってくるから近所の目もあるし一人暮らしをさせて欲しい。

と言った事を伝えました。
母は、うん分かったとポツリと言ってそのまま黙ってしまいました。

私は聞いてくれてありがとうと伝えて自分の部屋に戻りました。

その後、明け方近くに水を飲みに居間にいったら母は、先ほど話していた場所に真っ暗な中座っていました。
あれから何時間たったのだろうかと言うくらいです。

ボーッとして、正面を向いていましたが何も見ていません。
その背中はとても丸く、いつもの気丈な母はそこには居なくて、呆然自失の状態でした。

正直、ショックでした。
と同時に、この背中を増やさない様に俺がしていかなくちゃと思いました。

そして、産んでよかった。あの時伝えてくれてよかったと言って貰おうと思いました。

母に、何してるの?早く横になったら?と伝え、母は『あぁ、ありがとう・・・。』と横目で言ったのですが、目が泣き腫らしていたのを私は見逃しませんでした。

一言、母の背中に『産んでくれてありがとうってまた言わせてもらうね』と伝えて部屋に戻りました。

その後

その後、私は一人暮らしをし、引っ越すその日に母から手紙を貰いました。

内容は、ちゃんとした男の子に産んであげれてなくて申し訳ないという事。
良い意味で好きに生きなさいと、応援しているしみ見守っているから。という事が書かれてました。

つね日頃からワガママ放題だった私の最大のワガママを応援して見守ってくれると言ってくれた事への仕切れない感謝を返事に書き、そして働き、治療をし、その間にも母と連絡を取り、母はその後凄まじい勢いでGIDについて調べ物をしてくれ、しまいには当時の私よりも詳しくなってくれてました。

あれから約10年。
家族全員、今の私を受け入れてくれて過ごしています。あえて月に一度食事をみんなでしています。

男とか女とかGIDとか関係なく、強烈な個性を持った田附 亮と言う人間として受け入れてくれております。

彼女の話しもできるようになりました。

そして、現在、この性別で生まれてきてよかったと母に伝える事が出来ました。
母も、好きにしなさい。そう決めたならそうなさい。どうせ聞かないんでしょ?とは言うものの非常に気にしているみたいなのを姉から聞きます 笑

母にやっと、謝らないでください。このままで本当によかったと伝えれました。

全国のLGBTのお母様へ

私、一個人の考えです。私の様な若輩者がお母様方にお願いするのもおこがましいのですが、どうか聞いてください。

性別は実は二種類だけではないんです。

男・女の間に凄まじい数の性別があります。性思考もあります。

今はほとんどの制度が国内では性別が二種類用でしか用意されておりません。

しかしこれを、たくさんの種類にしたらどうでしょう?

性別は女だったけど、男性として生きたいと言う人がいたって全くおかしくありません。

結婚制度、養子問題、生活の上での不便さ、世間の認知などが解消されて老後も我が子が安心して過ごせたら、どうでしょうか。

もしかしたらお母さん方の不安や心配は軽減されるのではないかと私は考えました。

LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)が日本国内で当たり前に存在する個性になったら。

その考えの元に、活動しようと動き始めたばかりです。

もしも、お母様方の中で、他に不安やご質問がございましたら、気兼ねなくご連絡ください。

住みよい日本にする為に尽力致します。

私が、この性別で生まれてよかったと心から思えるのは、今が幸せだから。
今の縁は全てこの性別でないとなかった縁。

たらればの話しは無意味です。今が幸せだから。

人の痛みが分かる人間になれたからです。