私がカミングアウトをするわけ

みなさんこんにちは、ライフ部門のあいです。

今日は私が考えたことではなく、私自身が考えさせられた出来事についてお話したいと思います。

私はLGBT-JAPANのメンバーとしてLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの総称。セクシャルマイノリティ全般としての意味合いも持つ言葉)である自分を受け入れ、隠さずに堂々と公表していこうと考えています。

これはLGBTという存在がなんら特別ではなく、当たり前な存在として生きることが出きるような日本であって欲しいという想いがあってのものです。

要するにこれからカミングアウト(自身がセクシャルマイノリティであることを第三者へ告げること)をする人や、自身のセクシャリティについて悩む方の前例や参考になれば、と思うからです。

しかし先日、私のパートナーが言った言葉に対して「そういう考え方もあるな」と思いました。

その言葉とは「なんでカミングアウトをする必要があるのか」というものです。

性同一性障害として、カミングアウトの必要性

なぜカミングアウトをするのか、と聞かれれば、上記のような大きな意味合いではなく、私個人としてのカミングアウトの理由は「本当の自分を伝えたいから」だと思います。

私のセクシャリティはMtF(生まれた性別は男性、心は女性の性同一性障害)で、今は性別適合手術も済み、戸籍上も女性として生きています。

なので、今個人的な範囲でカミングアウトをするとすれば只々「本当の自分を知ってもらう」こと以外に理由はないのです。

まだパス度(性同一性障害当事者が、望む性別に見えるかを表す言葉)が低い頃、あるいは完全に女性に見られていても身体が男性であった頃は、カミングアウトせざるを得ない場面もありましたが、その時のカミングアウトとは必用や意味合いが異なるわけです。

前置きが長くなりましたが、私がパートナーからされた「なぜカミングアウトをする必要があるのか」という質問には「自分のことを知ってもらうため」というのが私の答えでした。

誤解のないよう補足致しますと、私のパートナーはノンケ(心と身体の性別に不一致がない異性愛者)ですが、LGBTへの偏見は一切なく、世間体などから私が性同一性障害である事実を隠したいと思ってこの質問をしたわけではありません。

では、なぜこんな質問が出たのか。

それは特に話す必要がない過去をなぜ敢えて伝えるのかが疑問だったからとのこと。

例えば学生時代に喫煙をして停学処分をもらったとしましょう。ですが、それは大人になった今は特に人に話すようなことではないもの。例としては極端ですが、私は一理あるかも知れないと感じたのです。

当事者が壁を作っていることもある

ここからは、一連のやり取りを経ての私の考えですが、LGBTは個性であり普通の人となんら変わらないと訴える中で、もしかしたら周りの人が感じる以上に自分自身が性同一性障害やLGBTということをどこが特殊に感じているのかも知れないと思うのです。

それは例えば必要以上に負い目に感じたり、それをステータスにしていたり。

もちろん、こういったことが悪いことであるとは思いません。

ですが、LGBTという個性を他でもない当事者自身が特別視して壁を作っている場面もあるかもしれないと考えさせられました。