LGBT同士でも差別

みなさんこんにちは、ライフ部門のあいです。

みなさんはLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの総称)と差別、といったキーワードを聞いた時にどういったことを想像するでしょうか。

おそらく多くの人が『ノンケ(ストレートなどとも言われる異性愛者のこと)がLGBTを差別する』といったことを思い浮かべたのではないかと思います。

もちろんこれも由々しき問題ではありますが、実はLGBT同士でも差別があることをご存知でしょうか。

例えば『私はあのセクシャリティの人とは合わない』というような個人の好みや相性はありますが、それとは少し違う問題です。

その対象と成り得るセクシャリティはバイセクシャル、つまりは男性も女性も恋愛対象である両性愛者の方々です。

バイフォビア

こういったバイセクシャル(両性愛者)にたいする差別は、バイフォビアと呼ばれます。

私自身がバイセクシャルですので、ここからは当事者の視点も交えながらのお話をさせていただこうと思います。

まず、バイフォビアの特徴を申し上げますと『ノンケ(ストレート)からも、レズビアンやゲイといった他のLGBTからも差別の対象にされる可能性がある』ということです。

まず、LGBTへの理解がないノンケの方々からは『同性愛者』として見られます。同性愛者として見られることは問題ではないのですが、つまりは『同性愛者の方が受ける差別と同様の差別を受ける』わけです。

では次に他の同性愛者からも差別を受ける、とはどういったことか。

例えばバイセクシャルの女性“Aさん”がレズビアンの女性“Bさん”とお付き合いするとします。しかしながら、ある時結婚や出産を意識してAさんは、Bさん別れ男性とお付き合いをする。

こういった可能性を想定され、同性愛者のかたからは恋愛対象として外されることは往々にしてあります。また、恋愛対象の話とは別にレズビアンやゲイのコミュニティー的な感覚でみて、つまりは『同性愛の視点から見て、両性愛者を自分たちのコミュニティーに受け入れ難い』ということが起こるわけです。

セクシャリティと所属欲求

人間には所属欲求というものが存在します。日本人は特にこよ欲求が強いようにと思います。

これは簡単に説明しますと自身をカテゴライズしたり、ある特定の団体やグループに属したいという欲求です。

ここで前項の話に戻りますが、バイセクシャルは“ノンケ”のコミュニティーにも“同性愛”のコミュニティーにも属すことが難しいのです。

もちろん、『自分はノンケだよ』『自分は同性愛だよ』と言ってそれぞれに属することは可能でしょう。

しかし、私がここで何度も申し上げている“コミュニティー”とは実際にある具体的な団体というよりも『自分はこういった特性の人たちと同じ価値観である』というような感覚的なものです。“✕✕株式会社”の社員と言うよりは“営業職をしている私”という感覚に近いでしょう。

こういった感覚的な仲間意識にも近いところで、自分のことを隠す…つまりノンケ、あるいは同性愛だと言ってバイセクシャルであることを隠すのはある種のストレスとも成り得るのです。

また、バイセクシャル当事者としては、自信はLGBTだという感覚を持っている方は少なくないです。その為、ノンケの方からの差別よりも、LGBTからの差別のほうが精神的な、ダメージ大きいと言えるかもしれません。

自由なセクシャリティ

私はセクシャリティは自由であってよいと思っています。もっと言ってしまうと性を2極化することがナンセンスだと考えています。

(自分の性別に関わらず)男性を好きなっても、女性を好きなっても良いと思うのです。誰かを好きになるのに『男性だから、女性だから』という理由をつける必要はないと思うのです。

バイセクシャルである人の多くは、ある人を好きになる。それはその人間性が好きなのであって、性別はたまたま男性(女性)だっただけだ、と言います。

これを実践してほしいという、この感覚になって欲しいとは申し上げません。ですが、浮気的な感覚ではなく、性別に関係なく人間性に惚れ込んで恋をするのがバイセクシャルなのだ、ということを頭の片隅においてもらえたら嬉しいなと思います。